八代方面から球磨川沿いを走っていると、
杉や桧のよく手入れされた山の急斜面が両側から迫っている。

隘路のような細い国道を川の流れに沿うように走っていると
球磨川を遡る鮎のような気持ちになってなとなく心が安らぐ・・。

「球磨川下り」という舟遊びがある。
国道沿いの眺めから思うに幾へもの瀬を通過する船は、
スリルと共に自然の作り出した急流を緑の塊とともに
満喫しているように思えた。

事実、球磨川の流れは波立つ激流もあれば、穏やかな流れの中で
萌えるような山並みの木立の緑を映して実に美しい。

その風景を更に彩るかのように国道の対岸には、
まるで季節を敷き詰めたような菜の花の群れが一面を染めている。

もうすぐ人吉という手前に球磨村がある。
その一角に「一勝地」という村がある。

国道219号を右折し球磨川を渡る大きな赤橋を過ぎると、
突き当たりが肥薩線「一勝地駅」である。
駅は何とも小さいく村の玄関口といった趣があるが、
都市部で見られる乗降の雑多な風景など皆無である。
何とも穏やかな時間の流れを感じた。

is02その駅前を右折すると細い道が続いている。
その道を辿って進むと、少しくすんだ赤錆た小さな鉄道ガード(鉄橋)が見えてくる。
そのガードを潜ると直ぐに青い「球磨焼酎」の旗が目に飛び込んできた。

そう「渕田酒造本店」である。
球磨村で唯一の球磨焼酎の蔵元であり、また八代方面から来れば
球磨地方に点在する幾多の蔵元の最初の蔵元である。

表からの蔵元の眺めは一見、まるで「どこぞ田舎の商店」のような建物である。
軒が低く、そして奥が暗らい。
しかし確かに酒屋という確証は
道路に面したところに缶ビールの自動販売機があり、
「お酒、売っているんだなぁー」と思わせるものがある。

 

is03蔵元正面入り口の右側には球磨村の役場が立てたものか、
「渕田酒造本店」の由来が書かれている案内板がある。

案内板の文面には「赤レンガの酒屋さん」といった
明治来からの地域に焼酎を供給し続けた歴史があった。

暖簾を潜って中に入ると正面には、
渕田さんの造りだす焼酎「一勝地」「二天一流」「かわせみ」などが
一升瓶の封が切られて幾本か置いてあった。

 

is05「すいません・・・」
と、中に声をかけてみて、直ぐに近くに人が居たことに気づいた。
なんとホースを使い焼酎を瓶詰めしている真っ最中だったのだ・・。

暗がりの中と言うより、ぼんやりとした蛍光灯の下で
おばちゃんが720mlの瓶をビールケースに立ててホースで焼酎を詰めていた。
なんとも長閑というか、この蔵元さんの本質を見た感じがした。

それに暗がりに目が慣れてくると、
その真向かいでも同じ作業をしていた男性がいた・・・・。

 

 

 

is07

「こんにちは・・良かったらしばらく蔵を見せて頂けませんか・・」
と慌てて問うと・・・
「はい、どうぞ見てください」と作業中の男性がそう言った。

少し失礼とは思ったが、あまりの光景に瞬間カメラのシャッターを押していた。
実は話に聞いていた、球磨地方には本当に手作りの蔵元があると知っていたが、
実際、今までそのような作業をしているところには出くわしたことがなく、
素朴な作業に甚く好奇心を煽られてしまった。

 

is06ちょうど私たちの居たところは、その作業場と言うか、
玄関先の土間のようなところだったが、
奥の暗がりには蒸した米に麹菌をまぶして置いてある台に乗せた
「麹」があった・・・。

なんとも闇の中で米の白さが浮き立っていて、
まさに仕込み中といった感じであった。

ちょうど、そのとき奥から渕田嘉助さんがひょっこり顔を出された。
「すいません、蔵を拝見させて頂いています、少しの間よろしいでしょうか・・」
と言うと、「どうぞ、見てください・・」と言われ案内した頂くことになった。

渕田さんは、穏やかな方で突然の訪問者である私に懇切丁寧に説明してくれた。
なんでも一勝地には、元々二軒の造り酒屋があったのだそうで、
「今では当蔵だけが唯一残っているだけなんですよ・・」と教えてくれた。

 

is09麹台の直ぐ奥にはモロミの甕がいくつか地中に埋めてある。
そのひとつの蓋を取ってくれ「これは明日蒸留予定のモロミです・・」と教えてくれた・・。
甕の中を覗くと、まさに焼酎誕生の一歩手前の状況があった。
白色の塊が膨れ上がったモロミは、既に醗酵が終わっており気泡などは立っておらず、
静かに透明の酒精になるのを固唾を呑んでまっているといった様であった。

これが焼酎になるのかと思うと、なんとも手作り感のある、
やさしさに触れたような気がした。

 

is15その後、奥の青葉茂れる中庭を抜けて行くと、
大きな木製の柵の扉があり、それを開けて中に入ると、
まさに「赤レンガの蔵元」の言われのとおり
赤色というかオレンジ色が黒ずんだような、頑強そうな蔵があった。

その蔵は貯蔵を目的に現在は使われているようで、
暗がりの中には地中に埋められた甕が幾つもあり、
外界の猥雑な世界のことなど、
どこ吹く風のように静かな時間を過ごしている焼酎があった。

最近の私の愛してやまない「のろまの亀」とは、
このような空気の中で静かに時の流れに身を任せて
熟成されたものであることは、なんとも感慨深いものがあった。

 

is14「のろまの亀」は、20年物が原点にあり、
しかも出荷して足らなくなった甕に五年物や
三年物を足して甕を満々と満たすのである。

その繰り返しが若い香りと老いの熟練された味とのコラボレーションを生み出し、
飲む者に焼酎の複雑な味を感じさせるものかと思う・・。

その複雑さは、魅惑の味といったも過言ではない・・・。
まるで沖縄の泡盛の造り方にも似ていると思った。

 

noroma帰り際に、思わず「一勝地」を買うことにした。
樫樽貯蔵の古酒である「一勝地」は、
期待を裏切らぬ焼酎であることは疑う余地などないからだ・・・・。

渕田酒造本店を訪れる人は、きっと同じ気持ちになると思う。
「安心、安全、満足」とは、この至福の蔵元が実践していることを・・・。

そして一勝地の柔らかな時間の流れは、
球磨焼酎本来の味を地域が守っていることにも気づくはずである。
来てよかったと思った。

そして、また来たくなる蔵元さんでもあった。

 

is01「一勝地」を一本ぶらさげて表にでると、春の雨が降り続いていた。
菜種梅雨とは言うが、きっと一雨ごとに春も深まるのだろう・・と思いながら
何か心が軽くなった自分がいた。